2008年06月02日

日本テレビ「中田英寿・僕がみたこの地球」

6/2(月)21時30分〜日本テレビ中田英寿 僕がみたこの地球」

サッカー日本代表のMFとして、日本、イタリア、イギリスで活躍し、2006年のドイツW杯後に引退した中田英寿

中田英寿は引退後、「人生とは旅であり、旅とは人生である」と自身のブログに書き残し、世界中を巡る旅に出発した。

先入観を持たず、あるがままに世界を見ようとした中田英寿に密着。

60カ国、150都市以上を巡った中田英寿、自分探しの全旅程。

旅の過程で中田英寿は世界の様々な問題と対峙。

チリのイースター島では島に木が全くないことに気がつき、タンザニアではマラリアの恐怖に直面。

部族間の争いで大量の死者が出たルワンダでは夫婦にインタビュー。口が重くなった夫に、世界共通語である「サッカーする?」と聞き、

ナミビアでは、日本まで歩くとどのくらいかかるかと聞かれ、冗談ぽく「一生かけて歩く距離かな」と答える、中田英寿

地球の現実を知り、中田英寿は、人間が生きていくうえで何が重要なのかを自分に問いかけるようになった・・。

★★★

中田 英寿(なかた ひでとし、1977年1月22日 - 山梨県甲府市出身)

ワールドカップ3大会連続出場。FIFA100選。アジア年間最優秀選手賞2回。イタリア政府より爵位受章。

小学3年、8歳の時『キャプテン翼』の影響でサッカーを始める。幼少期から高校・ユースまではFWだった。甲府市立甲府北中学校3年生時にU-15(15歳以下日本代表)に選出され、U-16アジアユースで世界への第一歩を踏み出す。以後、全ての年代別日本代表に選出され、全ての年代別の世界大会(U-17世界選手権、U-19アジアユース、ワールドユース、アトランタオリンピック、シドニーオリンピック)において飛び級で出場し存在感を見せる。

1998年、日本初出場となるフランスワールドカップではチームの核としてグループリーグの全3試合フル出場。チームは全敗し国内では酷評されたが、そのプレーは海外のクラブに認められ、中田獲得の名乗りをあげた移籍リストは11クラブ[8] にも上り、同年7月、21歳の若さで世界3大リーグ[9]の一つ、イタリアのセリエA・ペルージャへ5億2000万円で完全移籍した。中田英寿 - Wikipedia

★★★

nakata.net -- 中田英寿オフィシャルホームページ http://http://nakata.net/

YouTube - 中田英寿 伝説の試合 http://www.youtube.com/watch?v=QHgEPZWlU2g

Yahoo!ニュース - 中田英寿 http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/nakata/

OCNスポーツ ESPA:中田英寿:記録と記憶 http://www.ocn.ne.jp/sports/espa/nakata/memory/に密


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